横浜地方裁判所 昭和38年(ワ)688号 判決 1968年11月06日
原告 鷹野崇十
右訴訟代理人弁護士 中村嘉兵衛
右同 内野稠
被告 川瀬滝蔵
右訴訟代理人弁護士 平泉小太郎
主文
原告と被告との間において別紙物件目録記載の土地につき神奈川県鎌倉市雪の下字御谷五二番の二九宅地五三四・七一平方メートル(一六一坪七合五勺)のため通行地役権の存在することを確認する。
被告は別紙物件目録記載の土地につき原告の通行の妨害となる一切の行為をしてはならない。
被告は原告のため別紙物件目録記載の土地につき同地西南側に隣接する神奈川県鎌倉市雪の下字御谷五八番の三廃土手敷一六・五二平方メートル(五歩)と同一の高さにまで土盛りをなし通路としての原状に復する工事をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は第三項に限り原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、本件土地並びに鎌倉市雪の下字御谷五二番の五山林、同所五六番の三畑が昭和八年三月頃いずれも訴外北井志良の所有に属していたところ、同月三〇日訴外木村信が右五二番の五、同五六番の三の各土地を右北井から買受けたことは当事者間に争いがない。
そして原告は右買受に際し木村、北井間に右五二番の五、同五六番の三の土地のため本件土地につき通行地役権設定契約が締結されたと主張するのでこの点について検討するに、全証拠によるも右主張を認めるに足りず、かえって≪証拠省略≫によると、北井志良と木村信の間の五二番の五、五六番の三の各土地の売買の折、右二筆の土地へ至るためには南西側県道から本件土地、隣接五八番の三の土地(鎌倉市所有廃土手敷―現況道路)及び同所五二番の二七の土地を通行するほか他に公道からの通路もない地勢であったので、木村は北井に対し右五二番の二七並びに本件土地の譲渡方を求めたが、北井の代理人柳沢忠助は右二筆の土地は木村買受の分譲地のみならずそれよりも奥に所在する分譲地のためにも通路として確保しておく必要があり、木村にこれを譲渡すれば奥地所有者の公道への通行が妨げられるおそれがあるとしてこの申出を断り木村も道路として残され通行可能の土地であるならばしいて買取ることもないと考え、それ以上の話し合いはなされずに交渉は打ち切られたことが認められる。
右事実によれば北井、木村間には本件土地につき原告主張のような通行地役権設定契約は成立していないといわねばならない。
二、つぎに原告主張の通行地役権の時効取得について検討する。
≪証拠省略≫によると、木村信は北井志良が分譲中の土地のうち、前記五二番の五、同五六地の三の各土地を自己居住の建物建築の目的で買受け、昭和八年九月二六日神奈川県知事に対し該建物の新築届をなして工事に取りかかり同日から本件土地を通行し始め、かつその開始の際には前掲一認定のとおり本件土地が隣接五八番の三の土地とともに右五二番の五、同五六番の三の各土地から公道に至る通路として確保され以来、右二筆の土地における建築工事及び日常生活のため右届出の日から右各土地を迫間光男に譲渡するまでの間継続して通行してきたこと、また本件土地および隣接五八番の三の土地はともに右五二番の五、同五六番の三の木村の前所有者北井志良によってその分譲中の所有地の整地、区画工事のための資材運搬のため、その頃、隣接五七番の五の土地との高低差による路肩の崩れを防ぐ縁石を俗に土丹岩と呼ばれる鎌倉石を使用して築工され、県道からの入口部分には二段階の石段が設けられ五八番の三の土地とともにその区分なく幅員約二メートルのいわゆる通路として開設表現されたものであったこと、しかも前記のとおり木村が本件土地の通行を始めるに際しては分譲事業の全部につき所有者北井から委任を受けていた柳沢忠助から本件土地が木村買受の土地は勿論他の分譲地のため通路として確保され、分譲地の所有者は無償で永久に通行出来ることを知らされ、ために本件土地の買取交渉を中止して本件土地を通路として使用することで満足し、以来五二番の五、五六番の三が五二番の二九として迫間光男に譲渡されるまで(右経緯については後記のとおり)平穏かつ公然に本件土地を通行してきたこと(本件土地の通行に関連し紛争が生じたのは弁論の全趣旨によれば昭和三一年被告が本件土地及び同所五二番の二の各土地の所有者となった以後である。)がそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、木村信は昭和八年九月二六日から自己所有の右五二番の五、同五六番の三のためにする意思をもって平穏公然かつ行使の始めにおいて善意無過失に本件土地の通行権を行使し、その通行は通路を開設した表現の土地を継続してなされていたと云うべきであるから同日から一〇年を経過した昭和一八年九月二五日時効の完成により本件土地につき右五二番の五、同五六番の三の土地のための無償の通行地役権を取得したと解すべきである。
そして右通行地役権は要役地の所有権の従としてこれと共に移転するものであるところ、要役地たる五二番の五、五六番の三の各土地は他の土地とともに合筆されて五二番の三、一、〇五三・八一平方メートル(三一八坪七合八勺)となり、その内右五二番の五、五六番の三に含まれる五三四・七一平方メートル(一六一坪七合五勺)が昭和三三年一〇月四日同番の二九宅地として分筆され昭和三三年五月一五日木村信から迫間光男に売却され昭和三四年九月一日にはやはり売買により原告の所有するところとなったことは当事者間に争いがない。そうすれば原告は要役地たる五二番の二九の土地の所有権の取得に伴い右土地のため本件土地を無償永久に通行できる地役権もまた木村信から迫間光男を経由して取得したというべきである。
ところで被告は右通行地役権につき登記の欠缺を争うのに対し原告は被告において原告の通行地役権を明示または黙示に承認して本件土地を譲り受けたから登記の欠缺を主張し得ないと抗争するので考えてみるに、一般に時効完成のときの承役地の所有者に対しては登記なくして地役権を対抗できるけれども、時効完成後新たに承役地の所有権を取得した第三者に対しては同人が通行地役権ないしその時効完成の事実を承認していたか否かにかかわらず登記なくして対抗できないと解すべきところ、被告は時効完成後の昭和三一年三月七日に本件土地の所有権を取得しており、しかも≪証拠省略≫によれば被告が本件土地を買い受けた昭和三一年頃に原告らの通行に対し苦情を言い始めたことは認められるけれども、それ以上に原告の主張するように北井志良と共謀して通行妨害を目的としてのみ本件土地を買い受けたと認めるに足る証拠は見当たらない。従って一応被告は登記の欠缺を主張し得る第三者と解されるかのようであるが、このような場合諸般の情況を考慮して右第三者が登記の欠缺を主張することが信義則に反しあるいは権利の濫用として許されない場合には背信的悪意者として登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当しないものと解すべきであるからこの点について考察を加える。本件土地については五二番の二七の土地と合せて、現在の五二番の二九の宅地およびその奥に所在する土地のため引続き通路として使用されてきたことはすでに認定したところであり、それは右五二番の二九の土地上に木村信が昭和八年九月二六日に家屋を建築し居住を始めてより被告が昭和三一年に本件土地を買い受けるまで平穏公然善意無過失になされているうえ、被告は地役権の登記がないとはいえ本件土地が隣接の五八番の三の土地と一体となって通路として使用されていることを承知しながらこれを買いうけたことがうかがわれる。また≪証拠省略≫を≪証拠省略≫と考え合わせると、東方の市道に通ずる道は木のうっそうとした山道であって五二番の二九の宅地からの距離も相当あり本件土地を通じて県道に出るのに比して相当通行に困難を来たすのに対して本件土地からは右五二番の二九の宅地がすぐのぞまれ五二番の二七の土地を経て容易にそこに到達できること、本件土地はもともと幅員約一メートルの細長い道路状を呈し隣接の五八番の三の土地とともに幅員約二メートルの道路を構成していたものであり面積もそう広いわけではなく本件土地自体独立して使用収益に供し得るものでもなく、また五七番の五の土地上の被告の長男寛の家屋にとって必要不可欠のものとも思えないことがそれぞれ認められる。以上の事実をかれこれ総合すれば、本件土地について原告が登記を経ていないということで地役権を被告に対抗できないとして原告が本件土地を通行することを禁止することは被告の被むる損害に比べて原告に対し過大な苦痛を強いるものというべきであって、被告が登記の欠缺を主張して原告の地役権の行使を拒否することは権利の濫用として許されないと解すべきであるから、結局、原告は登記なくして時効取得した本件土地に対する地役権をもって被告に対抗できるものというべきである。
三、そこで原告主張の本件土地についての地役権に基づく妨害排除並びに原状回復請求について考えることとする。
本件土地が原告所有の五二番の二九の宅地のため公道に通じる通路として使用される負担を負っていることは前記認定のとおりであり、右土地を被告が昭和三一年三月七日北井志良より買受所有すること、被告が本件土地を隣接五七番の五畑と同一平面となるまで切り崩したことは当事者間に争いがない。
そして≪証拠省略≫を併せ考えると、本件土地は県道からの入口で幅員一〇・九メートル(〇・六間)の原告所有五二番の二九宅地石垣まで一直線でやや上り勾配をなし、公道より向って左側の同所五八番の三廃土手敷とはほぼ同一の高さの土地であったこと、被告が切り崩すまでは右廃土手敷と一体をなして通路として使用されてきたこと、被告の切り崩し行為の結果本件土地中に埋設されていた水道管が露出し、あるいは右廃土手敷との間に奥の方で約一メートルの高低差となる段落を生じ、そのため通路としては使用し得ない状態となっていること、右廃土手敷の通行も段落を生じた結果その効用を著しく減殺されていることが認められる。
右事実によれば被告は原告のための本件土地の通行を妨げてはならない義務を付加された所有権を取得しているにかかわらずこの義務を無視し完全なる所有権たることを主張して本件土地の状況を変え、その結果原告の通行を妨害していること、右妨害を排除するためには被告の切り崩し前の状態に本件土地の状況を復元する必要があることが明らかであるから、本件土地の状況を切り崩し前の原状に復元し、原告の通行妨害を除去すべき義務がある。
四、以上のとおりであるから原告の請求をすべて認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大久保敏雄 東条宏 裁判長裁判官溝口節夫は退官のため署名押印することができない。裁判官 大久保敏雄)
<以下省略>